カーディガン

アニエスbの黒の薄手のカーディガンが、この時期には手放せない。でももう何年も着てるから、肩の部分とかだいぶヨレヨレになっていて、買いかえたいんだけど、同じデザインのものがない。別のブランドを探しても、こういう薄手のカーディガンはなかなか見当たらなくって、捨てるに捨てられないことになっている。ほんとに着つぶしているかんじだ。買ったはいいけど気に入らなくて、ほとんど袖を通していない服もあるのになあ。
 今日もこのカーディガンを着てでかけたんだけど、電車のつり革につかまっていたとき、袖の一箇所がほつれて穴が開いているのを発見してしまった。それで今日は一日袖をまくっていた。アニエス、このカーディガンもういちど販売してくれないかなあ。

夏服

 暑いのか寒いのかよく分からない天気が続く。夏服を引っ張り出してきて着てみるのは、なんとなく楽しい。スカートの生地がとても薄くて、歩くと足にまとわりつくかんじが滑らかだったり、サンダルの留め紐が足首に巻きつくかんじがなつかしかったり。でもそれだけでは寒いから、カーディガンやジャケットをあわせている。
 今も雨が降り出したみたい。こうも天気が不安定だと、そろそろ体調崩しそうだ。気をつけようといいながら、今日も不摂生している。開けたてのコーヒー豆をがりがり挽いて、コーヒーを淹れる。やっぱり香りがよくて美味しい。夜中にこんなことしていると、また眠れなくなるのに。

チーク

この日記はtea diaryといって、もともとは「今日飲んだお茶」みたいなもんを列挙していく予定だった。kiryn・ザ・シンプルライファーってかんじで。でも書いてた内容は、「今日食べた和菓子」の列挙で、あんまりお茶に重点がいってなかった。最近はそれすら書かなくなっていて、tea diaryが変化しつつあるよな気が・・・。

このまえキノシタくんと「藤原美智子」ネタで盛り上がる。キノシタくんはブランドスーツをぴしっと決めてる兄ちゃんだけど、実はコスメやダイエットや民間療法的美容ネタが大好き。2ちゃんねるの行きつけ先はもちろん「美容」コーナーだそうだ。話が盛り上がってくるとおネエことばになってきて、わたしのチークの入れ方がなってないわね、と説教しだした。「チークって顔色を健康に見せるためにあるもんでしょ?」というと、「ちがうわよっ! あれは顔を立体的にみせることでメリハリをつけるためにあるのよっ! ちゃんと鏡みて研究しなさいよっ」て怒られた。こいつ、ヘン。

ところで、阪神ファンにとって、バースって何なんですかね? 「バース」というと、なんかみんな目が遠くなるっつうか潤むっつうか・・・あれは神か?キミらにとって?

阪神好調かぁ

 世の中GWまっさかり。天気も上々。のんびりお昼寝極楽三昧。なのに、隣に住む人がDIY大好き親父で、ここ2週間ほどドリルやとんかちの音を朝早くから響かせまくり。一言の挨拶もなく、日曜だろうが休日だろうが、朝の7時頃からガンガンやってくれるので、たまらず文句を言いにいく。オヤジに聞こえるようにジョン・スペンサーでも聞かせてやろうかと思うが、他のご近所の迷惑になっても仕方ない。パワーゲームになるのもアホらしいし。

 阪神が好調なのは知っていたけれど、そろそろ周りの阪神ファンがおかしくなりつつある。「今年はちがう」と言い切るその目の輝きは、たしかにいつもとちがう。
 「ミスター・ルーキー」が関西圏でかなりの動員数を獲得したと聞いて、カズシゲは阪神ファンに受けいれられてるんだーと思っていたけど、どうもそうではないらしい。映画を観にいく人たちはみんなバースを観にいっているのであって、カズシゲではない、あれはミスキャストだ、おれは許さん、ずっとマスクかぶっとけ、ずっとマスクかぶっとくんならカズシゲである必要はないだろう!?ということだそうだ。どうも映画の内容以前の問題みたい。でもあの映画は2を作るとか聞いたけど? どうすんだろ、カズシゲは外すのかな?(でも主人公だし?)
 知り合いの熱狂的阪神ファンがドイツに留学中。今ごろドイツからエール送ってんのかなあ。帰国は9月末の予定と聞いてるが、それまで関西の狂いぶりはエスカレートしているのだろうか。

ブレードランナー

Blade Runner
1982年 米
監督 リドリー・スコット
出演 ハリソン・フォード
ショーン・ヤング
ルトガー・ハウアー
ダリル・ハンナ


 いまさらですが、「ブレードランナー」を観た。ただし、ディレクターズ・カット版で、80年代の公開版と比較はできない。自分がこの映画を観たのか観ていないのか自信がなかったのだけど、なぜか途中まで観ていた。なんでここまでしか観ていないのか理由が思い出せず、首をかしげるばかり。

 わたしはいい意味でも悪い意味でも?オタクではないので、コスチュームやデザイン等にマニアックな関心はあまりない。凝ってるなあと観ていておもしろかったし、そういう人たちを熱狂させたというのはよく分かる。個人的にはレイチェル(ショーン・ヤング)の、昔の女優のようなファッションはよかった。ただ、街中の猥雑さや多民族的な混沌といったものは、チョコチョコ出てくる日本趣味も含めて、今からみるとあまりにも(サイードのいう意味での)オリエンタリズムで、ちょっとうんざりした。

 ストーリーについていうならば、なかなかよくできていて面白かった。映画をみているかぎりでは確認できなかったんだけど、主人公のデッカード(ハリソン・フォード)もまたレプリカントなんだろうと思わせた。レプリカントと自認していないレプリカントが、邪魔者と指定されたレプリカントを始末するという設定には、彼らを造りだし利用しつくそうとする人間の残酷さが織り込まれている。レプリカントのロイ(ルトガー・ハウアー)たちが地球にもどってきて、彼らの生みの親である科学者を殺害してしまうけれど、何か綿密な計画があってそうしたとはとても思えない。奴隷であることの苦しみを人間に知らせることこそが、目的だったということになるだろうか。そして被抑圧者の苦しみを聞いた主人公もまた、彼らと同じ影の存在であろう点は、とても悲しい。
 人間の「自由」や「逸楽」は、そういったものを享受できない存在の「労働」と、彼らを作り出す差別構造の上に成り立っている。そういう意味で、この映画は差別やマイノリティの問題を扱っているともいえるだろう。
 ただ、抑圧された者、というテーマは90年代以降おそらくもっともポピュラーなテーマのひとつになっているが、この映画では、「抑圧された者」の表現が少々稚拙であったように思う。端的にいえば、デッカード自身が抱える闇の部分が見えにくいし、ロイは語りすぎている。それに、随所に見られるオリエンタリズムもまた、「オリエント」を一括りにして表象してしまう乱暴な眼差しだと批判できないこともない。ただ、それはこの映画のセールス・ポイントなので、こういってはミもフタもないのかもしれないけれど。

続きを読む

ヘドウィク・アンド・アングリー・インチ

Hedwig and the Angry Inch
2001年 米
監督 ジョン・キャメロン・ミッチェル
出演 ジョン・キャメロン・ミッチェル
マイケル・ピット
ミリアム・ショア


 東ベルリンで性転換手術に失敗したヘドウィクは、やってきたニューヨークでドラック・クィーンとしてドサまわりする日々。彼/女の作った歌は昔の恋人に盗用され、今じゃ恋人は大スター。プラトンの『饗宴』をモチーフに、切り取られた魂の半分を探す美しい歌を歌いながら、ヘドウィク自身の「魂の彷徨」が語られていく。
 観る前は「ベルベット・ゴールドマイン」を想像していたけど、それよりも、「わたしの人生」を語ってくれるヘドウィクに、「トーチング・トリロジー」を思い出した。でも「トーチング」や「ベルベット」に比べても、一昔前のゲイ映画にある暗さがあまりない。元がミュージカルだから、話の展開にテンポのよさがあるのでそう思えるのかもしれないけれど、映画的にみても笑えるシチュエーションが多くて、とてもコミカル。
 だいたい、東ベルリンの瓦礫の山(ごみ置き場?)で真っ裸で日光浴しているところを黒人のアメリカ兵に見初められて結婚て、なんじゃそりゃな状況よ。おまけに性転換までして苦労して東ベルリンから出国したのに、アメリカにきたらベルリンの壁が開いちゃって、あの苦労はなんだったの?みたいなことになってるし。それに例の「アングリー・インチ」もどう考えてもオカシイ・・・とにかくこんなかんじで、ヘドウィクのキャラクターが非常によく作りこんであって、おまけに彼/女はとても美しいので、見ごたえあった。歌もよかったしね。
 難癖つければ、盗作した元・恋人は、ヘドウィクの切り取られた魂の半身としてみるには役不足すぎ。あと、ヘドウィクの「夫」として登場していたバンド仲間の兄さんは、後半あたりからやっと女性だってことが分かるんだけど、彼/女についてはもっとしっかり描いてもいいんじゃないかなと思った。男と女の境界線に立つ存在としてはヘドウィクの鏡になっているはずだけど、どうもヘドウィクばかりにスポットライトがあたりすぎて、その辺が霞んでしまっていたので、ちょっと残念だったかな。

続きを読む

untitled

 このまえ心斎橋で映画「ヘドウィク・アンド・アグリー・インチ」を観てきた。そのあと、お昼ごはんで「蓮家renya」というお店でランチを食べた。ヌーヴェル・ジャパニーズ・キュイジーヌだって。アメリカ村のあたりの猥雑さはうっとうしいものがあるが、店の奥のほうにうまいこと誘導する形に設計されてあって、外界と遮断されていたのでポイント高し。なんか派手な観音菩薩みたいなのがどーんと店のまんなかに立っていて、けったいといえばけったいだけど、天井高いし、ランチも安くてまあまあ美味しかったので○。心斎橋や堀江あたりに、ビルを適当に改装しただけで「金をかけずにセンスで勝負してみました」みたいなカフェがわんさかできていて、そんな店なのにしっかり料金はとるのでムカツクこと多し。それに比べたら、このお店はなかなかよかったです。

 映画のコメントは、もうすぐ新バージョンのKiryns Kinoができるのでそっちに書きたい。あと今日は「シュリ」を地上波で観ていた。派手な撃ち合いシーンが長くて、頭くらくら。でもおもしろかったよ。韓国映画じゃないけど、坂本監督の「KT」は絶対みたいですね。

ヒコーキ、キライ

 いきなりナンだが、わたしは飛行機がキライ。その理由のひとつに、耳が痛くなるから、いちいちNASAの耳栓を買いに走らなければならないというのをあげることもできる。でも、何よりも何よりも、離着陸のあの感覚がキライ。もう命をかけて飛行機に乗っている。「なんでこんな鉄の塊が飛ぶんだ?」という非常に古典的な疑問を、わたしは本気で口にしている。本気で、スチュワーデスとかスチュワートとか機長とか、こんな職業につく人の気がしれないと思っている。
 あたりまえだけど、人にこういうことをいうと、賛同してくれる人と「え〜なんで〜?」という人の二つに分かれる。
「あれはね、鉄の風船だと思えばいいんですよー、風船だったらお空に飛ぶのもあたりまえ。ホラもう平気でしょ?」て、んなわけあるかー、思えるかー。
 電車がつかえるときは絶対電車。だから国内移動は飛行機使わない。飛行機でないと行けないところは行かない! でもヨーロッパに行くのに、飛行機使わないのはちとしんどいしなあ。行けないことはないんだけどね。昔ドイツで知り合った男の子が、シベリア鉄道でロシアを横断して東欧からドイツ入りしたと言ってたから。別に彼は飛行機嫌いじゃないと思うけど、ヘンなやつだった。
 「飛行機キライ」をつきつめていくと、「墜ちたらアウト」にいきつく。墜落するかどうかは、結局のところ、自分の運しだい。わたしはそんなに運がいいほうかというと、正直あまり自信がない。この自信のなさが、離着陸の3分間における極度の緊張をひきおこすのだな。もう当分乗りたくなーい。

「タクシー2」

 この日記を書くのにgreymatterを使っているけれど、これに慣れてしまうと、Kiryns Kinoの使い勝手の悪さに閉口する。記事をアップするのに手間がかかりすぎるので、面倒くさくてついつい後回しにしてしまう。いかんなあ。

 そういやこの前「タクシー2」をみたのだった。車好きのヒトには、やたらと多い爆音付き滑走シーンはたまらんものがあるのでしょうか。かなり時間を割いてるよねー。結構楽しいけどね、みてても。
 しかし、今頃なんでニンジャなの?(ヤクザはなんとなく分かるが。)むかし、ショー・コスギのニンジャモノ観てゲラゲラ笑ってたのを思い出したよ。メイド・イン・USAのニンジャがフランスへ流れたのか、ベッソン流のジャポニズムなのか、ジャパニーズ・アニメの延長線なのか、なんなんだあれは? でもこのニンジャたちは、日本の時代劇で出てくる忍者より身長が高いんだよね。あれは中身はフランス人か? いやー、なんか妙ちくりんな映画だった。

お買い物モード

 きのうの仕事は意外に長引いて、梅田についたのは7時半頃だった。心斎橋まで行ってOPAで服を見る。黒のパンツも欲しいしシャツもほしい。でもこれいいなあと手にとったシャツは高すぎる。選りに選って、値段もかわいくカチッとしたかんじのエンジ色の半そでシャツを買った。帰宅してから試着してみたけど、上半身にボリュームのないわたしとしては、ちょっと貧弱さが目立ってしまうかも・・・。
 あと、何を血迷ったか、ペパーミントとカモミールの種を買った。もちろん選んでいる最中は、カモミール・ティとペパーミント・ティが頭のなかにちらついていたんですけどね。蒔き時にちゃんと蒔くんだぞ。ちゃんと間引きもするんだぞ。花が咲いたらちゃんと摘んで乾燥させるんだぞー。分かってるのか、おい?
 それから店じまいの文房具屋さんで、スヌーピーのプラスチックケースに入った付箋を買った。小さくて使いやすそうな付箋だ。入れ物もかわいい。小さい付箋はなにゆえにこうも数が少ないんだろう。もっとニーズがあったっておかしくないのに。