ガルシア=マルケスの「聖女」

 朝夕の寒暖が激しいせいか、今朝は起きると咽喉を痛めていた。暖かい布団をだそう。今日は、トーハトの新商品のチョコクッキーと珈琲。もったり感がおいしい。
 図書館に行って借りていた本を返却する。読みきれなかったガルシア=マルケスの『十二の遍歴の物語』をもう一度借りる。他、同じくマルケスの『青い目の犬』、川上弘美の『なんとなくな日々』、中山可穂『深爪』、藤野千夜『夏の約束』を借りる。司書さんに、3年目の更新期間が来たから今度身分証明書持ってきて、といわれる。忘れそうだな。
 マルケスの『十二の遍歴』のなかに「聖女」という作品がある。この話、なんか知っていると考えていて、やっと思い出した。昔、千日前のミニシアター国名劇場で観た「ローマの奇跡」という映画の原作なんだ。この映画はすごく印象に残っている。南米のどっかの国が舞台で、サルのおもちゃで遊んでいた7歳くらいの女の子が突然死んでしまうんだ。父親が嘆きながら子供を埋葬するんだけど、何年かたって墓を開いたときに、娘がそのままの状態で棺のなかに横たわっているのが発見される。墓を開いたときに、一番最初に、娘の小さな足の裏が現れたのを見たとき、父親が半狂乱になって子供をかき寄せる。服は汚れ、髪や爪は伸びているけど、腐敗もせずに墓のなかで何年も眠っていた娘を抱いて、父親は「奇跡だ!」と叫ぶ。そのシーンが鮮やかによみがえってきた。
 映画も小説も、そのあと奇跡の認定を求めてはるばるバチカンにまで、聖女をつれていく父親の旅を、半ばコミカルに、半ば宗教的に描いている。映画の方では、女の子は奇跡の復活を遂げる。小説の方では、女の子は棺のなかで眠ったままらしい。どっちの終わり方もいいな、と思う。だって、マルケスの物語って、夢と現実の境界、生者と死者の境界、聖人と俗人の境界があいまいで、そこがなんとも魅力的だから。
  話はかわって、ただいまMach mal Pause?の体裁をどうするか、試行錯誤中である。tea diaryとエッセイの区別がつかなくなってきて、分けている意味ってあるのか。当面一本にまとめてみるか。
(20.sep.01)