読書メモ

 内田隆三『探偵小説の社会学』(岩波書店)を買う。探偵小説は、中学生くらいのときにホームズをむさぼり読みはしたけど、それ以降はほとんど興味をもたないままだったので、何の気なしに買ってみた。けど、この本おもしろいです。
 ただ古今東西の推理小説を読んでいるのが前提だから、わたしの場合、おもしろいといってもその「おもしろさ」は半分も分かってない。少し前にポオの「モルグ街」とか「マリー・ロジェ」は読んでいたけど、他にも『緋色の研究』くらい読み直さねばと思い、途中で栞をはさんで『緋色の研究』を読み直した。原作を少しでも押さえてあると、やはりおもしろさは倍増する。
 作者によると、『緋色の研究』には二つの柱があって、その一つは、「現在の事実」を「過去」によって照らし出すことで、その「時間的な深さ」を明らかにすること。これは殺人者の「動機」を理解することであり、行為の「意味」を浮かび上がらせることである。作者は「人間学的な深さ」とも言い換えているが、なるほど、『緋色の研究』に挿入される過去のストーリーは、「行為」と「動機」を結びつける必要条件なのだなと納得した。ただこうしたリアリティの肉付けは、短編においては難しいとされる。
 もう一つは、事件のおきた「現在」にちりばめられた「微視的な痕跡=記号の群れ」を解読する作業。これはホームズ物の魅力の最たるものだと思うけど、要するに、そうした「痕跡」「断片」を集めてきて、そこからある特定の人間以外の何者でもない存在を弁別すること。
 『緋色の研究』がそれほど複雑な構成をとっているわけではないからか、作者のいう「要素のたわむれ」と「動機」は非常に見えやすいのだな。社会学ってかんじだ。まあ、ここに書いたことは本の要旨とも程遠い、たんなるわたしの「確認事項」にすぎなくて、本文はもっと含蓄あります。20世紀の近代社会と戦争体験が探偵小説に刻印した様相、とでもいうものが書かれてあって、通して読むとそのあたりがおもしろかったかな(ってまだ読んでる途中じゃん)。

読書メモ」への8件のフィードバック

  1. kiryn

    『緋色の研究』は、ワトソン君が同居人ホームズの奇人ぶりにいたく興味をそそられるあたりから始まってるのね。これはなんとなく覚えていた。改めて読むと、ワトソン君がホームズにハマりこんでいく様子がおかしい。ホームズについてのデータを必死に紙に書いて、「オレ何やってんだ?」と我に返ったりしてんのね。

  2. nozaki

    『探偵小説の社会学』。面白そうだったので、私もずいぶん前に買ったのですが、読まずに日本に置きっぱなしです。読みたくなって、送ってもらおうと思ったら、見つからないということで、当分お預けですね。
    『緋色の研究』は小学生のとき読みました。ホームズ物に凝りかけていたときで、これが最初の作品だというから、新潮文庫で買ったんですが、難しくて意味がわからなかった。思えばあれが生まれて初めて買った文庫本でした。ホームズの面白さって、歳とってからだんだん分かりかけてくるみたいですね。ヴィクトリアの時代背景とか、あのインテリア。そういう意味では、忠実に再現されたTVシリーズで私の場合、目を開かれました。

  3. kiryn

    ジェレミー・ブレットのホームズ! わたしも見てましたよ、あれ。今ホームズ読み直しても、イメージするのはあのホームズですね。
    >ホームズの面白さって、歳とってからだんだん分かりかけてくるみたいですね
    そうですね。逆にこどもの時って、何がおもしろくてあんなに夢中になって読んだんでしょうね。
    内田氏の本を読んでると、ホームズの活躍した19世紀末から第一次世界大戦前までって、精神分析とか社会学とかが興隆した時期と重なっているということがよく分かりました。考えてみたらあたり前なんだけど、ホームズ物も時代の産物なんですよね(大衆向けに分かりやすくなっていますが)。なんか新鮮でした。

  4. nozaki

    kirynさんもジェレミー・ブレットのホームズ・ファンでしたか。あれ好きな人、結構私の周りにもいます。ホームズ読んだりすると、どうしてもあの日本語の吹き替えの声(ヤマさん)が出てきてしまう。
    ホームズの映画・TVシリーズはその他にもいくつかあるみたいですね。こちらではときどき40年代に作られたシリーズをやっています。これは時代設定もときどきめちゃくちゃで、車やラジオ、飛行機が出てきて、ホームズがナチス・ドイツのスパイの陰謀を暴くなんていう話になってしまってます。プロパガンダ映画だから仕方ないですが、こういう失敗作を見ていると、ホームズにとってあのヴィクトリア朝の時代の小道具が重要な背景になっていたということが改めてわかります。だから探偵というのは、19世紀的な存在なのかなーと思います。
    たしかに精神分析との関わりは深そうですね。思えばフロイト先生の診察室も怪しげな置き物がいっぱいあって、ベーカー街のホームズの部屋に似ています。

  5. kiryn

    そう!露口茂氏のあの声(ヤマさんというのは露口さん?)、ちょっと早口で「ワトソン君!」とか言ってたの覚えてますよー。
    >40年代に作られたシリーズ
    うーん、ホームズはやはり第一次世界大戦前までの時代にしか合わないですよね。やっぱ馬車に乗っててほしいですね。あー、でも昔スピルバークか誰かの「ヤング・ホームズ」とかなんとかいう映画あったなあ。ラブロマンスだったような気が。宮崎アニメでもありましたよね(なぜか犬だった)。明るいホームズって何かヘン。やはり犯罪の匂いのする暗さを纏ってこそ、ホームズでしょう。ヴィクトリア朝のもつあの独特の雰囲気は、その意味でも不可欠ってことでしょうか。
    >フロイト先生の診察室
    これ見たことないです。ちょっと気になりますね。

  6. nozaki

    ↑のサイト見ました。Berggasseが「ベルガッサ通り」になってるのはちょっとまずいけど・・・
    フロイトの診療室がそのまま博物館になってます。
    http://www.freud-museum.at/
    一般のアパートメントの住居を博物館にしたので小さいものですが、このサイトだとひと通り内部の様子が見られます。
    特にこの待合室がすごい。
    http://www.freud-museum.at/

  7. kiryn

    ベルクガッセの自宅兼診療室みました。広ーい! あの図書室は本棚あれだけなのかな?でも図書室が自宅にあるってうらやましい・・・。
    フロイトのコレクトしたもの(本も含めて)はほとんどロンドンに渡ってしまっているのですね。ま、どこに展示されようと、そのまま残されていることが大切かな。

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