ただいま某番組の「ロシア語講座」を見終わりました。
いきなりダニエル・カールさんが板前の格好で登場していて、アメリカ人なのに東北弁で片言ロシア語を喋っていて、しかも板前になりきってか江戸っ子弁らしき発音でマシンガン・トークを繰り出すので、ワケがわからない、、、。なんで「H」が「N」なのよー!という超若葉マークなわたしなのに、ロシアの日本料理屋さんの紹介では「すしの惑星」とかいう突飛な名前のおみせがでてくるし、もう三十分間ヘンな洗脳ビデオをみせられた気分です。これからも見続けられるのか、自分でも謎。
珠緒ちゃんが10年前に出演してくれていたら私はテレビにかぶりつきで見たのに、、、今頃出てきてくれても遅いわ、、、
>トップにロシアネタを振ったので、よければそちらに移動
まいど地下深く降りるのって象徴的ですねー。
ばっと、ここいらでいったん海面に出たほうが確かに良いでしょうね。
そもそもはロシア・ネタだったのですねー(・_・;)
見たい!その番組見たい!
さすがはNHK。ラジカルさでは追随するものなし。
ところで違う意味で変なのが
「趣味ゆうゆう 携帯電話ABC」
です。視聴者層がどこなのかさっぱり不明。
見ない方が賢明。
だったら書くなって?
スイマセン。
>趣味ゆうゆう 携帯電話ABC
5・60代向き?見ておりませぬが。
電車に乗って座ると早速老いも若きもメールチェック光景。若い人の特権文化は今は何に移ったかしらー。
あざらしさん
>珠緒ちゃん
ダニエルさんばかりが印象に残ります、、、
>まいど地下深く降りるのって象徴的ですねー。
螺旋階段を降りるように、、、。そういえば、聖ピエトロ大聖堂の螺旋階段は不思議でしたわ、二重になってて。
>そもそもはロシア・ネタだったのですねー(・_・;)
anything goesかしら、、、いえいえ、森安さんの東方キリスト教世界が発端ですよー。例の本読み終えました。ビザンツからロシア、日本における正教受容まで幅広くカバーされてありました。森安さんご自身はカトリックだったのですね。東方キリスト教の「その不思議な魅力と多様性にひかれてつい立ち去りがたいままここまで来てしまった」のだそうです。いや、おもしろい本でした。
otoさん、こんばんは。
>見たい!その番組見たい!
板前ダニさんの
Это нэта?
Это нэта.
(エータ・ネタ?エータ・ネタ。「これはネタですか?」「これはネタです」)
とゆーセリフだけが記憶に残ってしまったよ、、、。
ダニさんはほんとに英語喋れるんだろうかと、ときどき疑問に思います。
>森安さんご自身はカト
えっそうなのですか?知りませんでしたー。カト校のご出身で、某カト女子大でも教えていらしたとどこかで読みましたけれども。
例の本、私も読み返してみましたよ。「ソ連の美術史家ラーザレフ」ってちゃんと出ていまふ。さすがです。
『寝がえり』なる小説、面白そうでし。
あらら、たしかにわたしの早とちりかも。たしかに
>カト校のご出身
で「信仰を得るまでには至りませんでした」と書かれておりますね。すいません、そのあたりの微妙なニュアンスがよく分かってなかったです。
この本読みやすいけど、インデックスをみてもやはり単語や人名のほとんどが知らないものばかりです。もういっぺん読みなおしたらもうちょっと理解できるかしら。
>『寝がえり』なる小説、面白そうでし。
うん、これはおもしろそう。まだ入手できるのかしら。正教教会の空間そのものが、身体的記憶に刻み込まれているのでしょうか。身体と思想、宗教と政治という意味でもおもしろそうです。
これ以外にも、亡命ロシア人作家の作品ってたくさんあるんでしょうね。ロープシンくらいしかすぐにでてこないけど。
>ロープシン
をを、『蒼ざめた馬』ですね!読んでみるわ。『寝がえり』は古書を探すしかなさそうですね。あざぷしくんさんのテリトリーだわ。。
そです、『蒼ざめた馬』です。テロルのお話で、ドスト色強かったです。正教関連の話題はでてたかなー、覚えてないや。
ソ連・ロシア系は時代のゆえか、大暴落して古本屋にかなり出回っているような気がします。サヴィンコフの本、よく見かけました。
>『寝がえり』は古書を探すしかなさそうですね。あざぷしくんさんのテリトリーだわ。
あらま、やはりそうですか。あざぷしさんチの本棚は小宇宙と化してそうだけど、奥のほうで眠っていたりするのかしらん、、、。
>奥のほうで眠っていたり
そうね!あざぷしくんさんの小宇宙にでしたら、いかにもありそうだわ、、、
>あざぷしくんさんの小宇宙にでしたら、いかにもありそうだわ、、、
さすがにないわ、、、最近はもう物理的に部屋に入りきらないので、本を買うのを控えているのよ、、、なんて言いながら、「美と信仰 -イコンによる観想」と「ビザンチン美術への旅」を古本屋に注文したわ。後者は辻佐保子先生の太古の本だけど、うまい具合に本屋が辻先生の名前を間違えて入力していたせいで、売れ残っていたのでしたー。はは。ラッキ。ところで「美と信仰」の売り手の人の目録って、、、
http://www.easyseek.net/boo…
>部屋に入りきらない
まあ。ぢゃ、まずさほこセンセの御本を里子に出されてはいかがかしら。
>「美と信仰」
あー、一冊目ですね。まだ日本語の詳しいのがなかった頃出た本ですね。
アポフテグマタ新訳もついに出ましたし、お次はいよいよフィロカリア全訳だわ。早く読みたいですー。
うう、、、マニアック、、、
>アポフテグマタ新訳もついに出ましたし、
古い版は立花さんも持ってますね
http://www.ttbooks.com/tach…
新訳が出たのを機会に買うべきなのか、、、 うーむ、、、、
>お次はいよいよフィロカリア全訳だわ。
全訳が進行中なのですかー?
猫ビル、中にいて地震がきたらおしまいになりそうだわ。
何語版でもお好きな訳を持って、ときおりパラリとなさると良いでし。わたくしめ、この手の書物は、本を読もうとか思わず、ふと手にします。
全訳ばなしはエイコーン25号の座談会に載ってたんです。抄訳はエンデルレから出てますけど、訳者の神父さんは亡くなられたそうです。
きゃ〜ちょっと風邪で寝てる間に、マニアックな板になってるわっ!アポフテグマタ新訳って何?フィロカリア全訳ってなに〜〜?
それにしてもあざらしさん、ネットで古書注文、年季はいってるかんじですね。
本の置き場にはみなさん困っているようで、ひとさまの話をきくと
1本のための部屋を借りる
2ダンボールにいれたまま家具化
3庭においてある(野ざらし?)
などという返事がかえってきたりします。大変だにゃ〜。
kirynちゃん、お疲れがたまっていたのね。
アポフテグマタ新訳はコレ、しつれいしやした。↓
すみませぬ。こっちでした。
http://www.chisen.co.jp/boo…
フィロカリアは
http://www.faber.co.uk/xvie…
>庭においてある
こ・これっていったい!?
メアリさん、ありがとうございました。
森安さんの本のインデクスでみたけど、フィロカリアの文字はなかったわー。でも
http://www.nanzan-u.ac.jp/T…
で、なんとなく感じは分かったような。
「砂漠の師父」のほうは、新訳がでたのですね。こんど本屋にいったときにのぞいてみます。
>>庭においてある
>こ・これっていったい!?
置ける庭があるだけいいわぁ。、、、いやいくないか。多分結界が破れたんじゃないかな〜。
>結界が破れた
そして本は土に還るのでせうか。。
おおもりせんせのエッセイ、面白いですよね。
>新訳が出たのを機会に買うべきなのか
ああ、Kちゃんさんとご相談なさってねー。
仏蘭西の正教研究は宝の山だそうですから、仏語を読まれる方がうらやましいですよー。
録画したロシア語講座を見ました。ダメ、これ。次回のメンツに期待して今期はパスです。
珠緒ちゃん、10年前なら、、、←こればっか
>ダメ、これ。
うう、ばっさり。白昼の辻斬りだぁ。だからヘンな洗脳ビデオみたいだって、、、でも5月号のテキスト買っちゃいましたよわたし。今週みのがしてるけど。どっちにしろアルファベットでつまずいているkirynちゃんなのでした。
「フィロカリア」という件名で検索
していたらこのサイトに出会いました。
自分は某大学の大学院でロシア正教に
ついて研究している者ですが、これは
一体何のホーム・ページなのですか?
アポフテグマタの新訳は自分も買いま
したが、それにしてもマニアックな話
題ですね。また覗いてみます。失礼し
ます。
夜のお仕事の時に、「ドイツ語講座」をちらと見ることがあるのですが、メガネをかけた長岡ナターシャさんがかわゆい!(こりを「萌え」と言うの?)吉本の漫才コンビはあまりにあまりだけど、、、
ほうき星さま、ロシア正教の研究ですかあー。アポフテグマタの新訳も買ったのですかあー。マニアックだわあー。
>これは一体何のホーム・ページなのですか?
kirynちゃん、ここは何のホーム・ページなんだっけ?
ほうき星さん、はじめまして。
>某大学の大学院でロシア正教について研究している者
おそれおおいです、、、。
正教関連というか、もともと森安達也さんの『東方キリスト教の世界』という本がおもしろかったーという話を書いたら、メアリさんとあざらしさんという方が、「もっとおいしいものがこっちにあるよーホレホレ」とエサをちらつかせながら、どこかのトポスへと誘導されていかれたのです。
http://www.kiryn.net/index….
(こんなんで)よろしければ、また遊びにきてくださいね。
>kirynちゃん、ここは何のホーム・ページなんだっけ?
って、あざらしさんがいうかー?
いや、なんのHPかっていわれたら、映画評をゆるゆると書きつづるポエマーなサイトですよ(「美神の館」だなんてどこかのHPみたく、そこまでふっきれて書けません、、、)。でもこのページだけでも上から読んでいくと、何が何やらわかりませんね。まあ多少下世話なことは認めますが。
>メガネをかけた長岡ナターシャさんがかわゆい!(こりを「萌え」と言うの?)
あ、またこんなヤバイネタふりを! もうすこし正確にいうと、そりは「めがねっ娘萌え〜」というやつです。吉本の漫才コンビがまたパッとしないから、妙にオタ臭さがでてますよねアノ番組。韓国語講座などをちらちらとみるに、かなりイケメンをそろえているかんじがするのに、なにゆえにドイツ語講座の男性陣は…あの先生もホントに…(ブツブツ)。
あ、そだ! わたし先日京都にいって、京都賞のハーバマス御大をみてきましたよ。話の内容はあざらしさんのフィールドに近いと思いましたー。人いっぱい、ハーバマス先生大人気!
>ハーバマス
叢書・ウニベルシタスの新刊てどうですか?コレ安いわー。
ほうき星さま、はじまして☆
え〜もとなにわっこの私は「美神の館」のなじみ客なのですけど、そこでなにわポエマーのkirynちゃんとお近づきになっておじゃまするようになりました。
ロシア正教について「研究」されているとなると、ご専門は宗教学とかなのでしょうか。アポフテグマタ、良いですよねー。ほうき星さまはどの師父がお好きですか〜?
>あ、そだ! わたし先日京都にいって、京都賞のハーバマス御大をみてきましたよ。
えー、わたしもあの会場にいたのよー。わだすがkirynだす、とか声を大にしてくれたら、挨拶に行ったのにー。一列目は予約席だったので、二列目の真ん中に陣取って聞いてました。ときどき寝てましたが、、、日記に素人くさいけど講演会のメモを書いたわ。
http://www.asahi-net.or.jp/…
メアリさんこんにちは。
>叢書・ウニベルシタスの新刊
て『人間の将来とバイオエシックス』ですね。あ、ほんとだ、2000円内で買えますね。これ、この前の講演会でも触れられていました。ハーバマスの講演内容ともかぶっているでしょうね。
>ほうき星さまはどの師父がお好きですか〜?
世の中には、初対面同士でこういう挨拶が成り立つ関係もあるのだなあと、思いましたです。知り合いのガンオタは初対面の相手に「どのモビルスーツが好きですか?」と聞くらしいんですけど、メアリさんの問いかけはこれよりスゴイです。
あざらしさん、こんにちは。
>二列目の真ん中に陣取って聞いてました。
エライにゃ〜。わたしなんか1時半と思って行ったら席がぜんぜんなくてウロウロしてたですよ。
あざらしさんのメモ読みました。わたしあんなにちゃんとまとめられないし、内容も難しかったんであんまりたいした感想ないです。でもパネリストやフロアからの意見をきいていると、最初から「自由意志ありき」の前提のもとで流れていったように思います。そういう意味ではハーバマスがいちばん、自然科学研究(神経生物学や実験心理学?)の発展のもとであらたに再燃した「自由意志か必然か」の問題に対していちばん真摯ではあったように思います。ドイツでは刑法の問題がからんでいるという指摘があったし、それこそナチスの歴史を負っている国だから、リアリティがあるのでしょうね(逆に日本はまだリアリティがない?)。フロアからの質問にしろパネリストにしろ、哲学専門の方が多かったように思います。それこそあざらしさんが言ってたように、自然科学者で心・意識・脳の問題をやっている人をひとりもつれてきていないのは、物足りないですよね。せめて生命倫理とかその辺やってる人ぐらいいてもよかったのでは?と思いました(司会者の先生の人脈による人選でしょうか?)。
でも、自由意志と必然の問題自体は興味深い領域です。自由意志って、究極的にはals obの世界の産物だと思うんですけど、、、うーん、うまくいえません。
>メアリさんの問いかけはこれよりスゴイです
ははは。しくしくしく、、、
>自由意志と必然
はぁ〜こりはおもろいお話だわ。私は自由意志は可能だと思うわー。あ○○しくんさんのお考えは、生物としての人間の自由意志には限界があるってこってすか〜?
kirynちゃん、als obってなーにー?
kirynちゃん、こんばんわ
>自由意志と必然の問題自体は興味深い領域です。自由意志って、究極的にはals obの世界の産物だと思うんですけど、、、
うん、哲学する際に知っておくべき大前提の問題だよね。あの「自由意志は幻想か?」という副題に表れているように理性的に素直に考えれば明らかに幻想なんだけど、そう実感できない(ように進化の過程でデザインされている)し、人間の社会(特に法体系)も自由意志の存在を前提に組みあがっているので(一見)不都合が出てくるんですよね(自然主義的誤謬という)。確かに「究極的にはals obの世界の産物」ですよねー。
メアリさん、やっほー
>私は自由意志は可能だと思うわー。
うーむ。ところが少し勉強すると違うような気がしてくると思うよ、、、自由意志を科学的に成り立たせようとすると、脳の中に量子的な効果を持ち込まなくてはいけなくなって、かなり苦しい仮説になるのです、、、
>生物としての人間の自由意志には限界があるってこってすか〜?
いわゆる狭義の「自由意志」など存在しえないってことなのです。残念だけど。
メアリさん、あざるしさんオハヨーございます。
ちなみにメアリさんはどの師父さまがお好きなのでしょうか?
als obというのは英語でゆーとas ifです。なにをいいたかったのかというと、自由意志が事実としてあるかどうかではなく、あたかもあるかのようにみなされたうえで、少なくとも近代以後の世界は構築されている、というところに力点をおきたかったのです。近代法しかり、近代的主体しかり。
自由意志も必然もどちらも厄介で、どちらをつきつめてもかなりしんどい「結果」がでてくるのですよね。
自由意志を前提とする近代的主体など、「主体たりえる存在」と「たりえない存在」の弁別を明示的・暗示的にすべりこませますから、人間のあいだを落差をもたせつつ分断していく側面があると思います。「自由意志をもつ主体たれ」というメッセージが、ある人々に対しては強烈な抑圧言説として作用するわけです。あざらしさんの言うところの「不都合」具合でしょうか。
逆に、必然の側面を推し進めると、人間の行為にともなう「責任」を問う根拠が崩されていくような気がします。それゆえ、倫理を問えなくなるのではないか、、、この事態もかなり深刻です。自然科学の邁進状況が、こうした事態をますますひきおこしていくように思います。
例のハーバマスの新著、とりあえず買い込みました。よく売れているのか、アマゾンとかでは「売り切れ」扱い。しかたなく本屋めぐりにいってまいりましたですよ。
みなさま、お久し振りです。こち
らは、映画評等に関するサイトだっ
たのですね。デザインが綺麗なので
感心しました。メアリさま、「どの
師父が好きですか」と訊かれたのは
初めてです。答えにくいですが、聖
エフライム等好きです。ロシアでは
これらの聖師父の教えは脈々と受け
継がれており、教会に付属の書店に
行くと、聖師父に関する本がごまん
とあり、圧倒されます。自分はロシ
アの聖者伝等を研究しているため、
これらの本には接する機会は多いで
す。
ウニベルシタスの新刊はまだ買っ
ておりませんが、読んでみようと思
います。楽しいホーム・ページです
ね。またおじゃまさせて下さい。
失礼します。
ほうき星さん、こんにちは。
ふたたびご登場いただき、とてもうれしく思っております。
いちおう映画評のサイト(のつもり)なのですが、最近はどうも忙しさにかまけて、映画見てなくて、更新も滞り気味です。トホホな状況です。
メアリさんの「どの師父さまが好きですか〜」の問いは、やはりかなりマニアックな問いかけだったのですねー、てゆーか、メアリさん、帰って来てくださ〜い。
kirynちゃん、くまねずみさん、こんにちは
>「自由意志をもつ主体たれ」というメッセージが、ある人々に対しては強烈な抑圧言説として作用するわけです。
この辺の兼ね合いは難しいですよね。否定されても困るわけですし。変な形で行き過ぎて「自分探し」されてもゲンナリですし。ま、本人の自由なのですが。ん?kirynちゃんの言わんとしているのは、「自分探し」している人は「自由意志をもつ主体たれ」という普遍化しイデオロギー化した教義の犠牲者にゃのでは?ということなのでせうか?
気にかかるのは、自然科学的な知見(仮説)を、現在の社会の枠組み(文脈)の中で、おかしな言い訳に使うことですよねー。竹内久美子氏のように。または石田純一みたくー(語尾上げ)。ちょっと違うか。
ほうき星さん、こんにちは
>。自分はロシアの聖者伝等を研究している
うひょー、マニアックですねー。どのへんからそのような道に入っていたのですか?謎だわ、、、
なんども申しておりますが、くまねずみさんはこのサイトの共同管理人ではございませぬ〜。
「自分探ししている人」ってのは、なんかピンポイントすぎるかも、、、もっと雑駁に考えてました。たとえば女性とか(まあ一括りにできないものではありますが、あくまで大雑把に)。法的平等のもとにあるとはいえ、それこそ社会構造やもろもろの言説などが作用する現実の文脈では、「主体たれ」というメッセージはそれこそダブルバインドをひきおこすものだと思うので。
「自分探し」のメンタリティってよくわからないんですよねー、、、「自分」など探してもたいしたものはでてこないだろうと、どっかで思ってるんですが、、、。この場合の「自分」て、主体とかそういうハードな言葉で論じられないくらいナイーブなもののような気はしますねー。
>自然科学的な知見(仮説)を、現在の社会の枠組み(文脈)の中で、おかしな言い訳に使うこと
あーこれはほんとに同意します。言い訳どころか、こういう使われ方をする場合、自然科学的知見というのが一種の権威になって、問答無用!な思考停止状態においこんできますから、コワイです。事例としてあってるかわからないけど、最近話題の「オニババ」論も社会的文脈とか一切無視な議論ぽいし、、、。
「オニババ」、知りませんでした。内田先生のサイト
http://blog.tatsuru.com/
でも、著者の三砂先生との対談のことが出てますねー。この三砂先生の経歴って、似た経歴の人を多く知っている私には「ああ、、確かに途上国で色々ドタバタやっていると、ホンネ・トークで行きたくなるよねー。キレイ事や小難しい論理はスノッブな評論家たちのお題目でしかないでしょ」と思いたくなる十分なバックグラウンドだと思いましたよ、、、
乱暴な「オニババ」論だけど、趣旨としては理解できます。ただし、行き過ぎた(一部の)フェミニズムの存在があってのカウンターとしてだけど。とは書いているけど、実際に本を読んだらカチンカチンと来そうだなあー。
自由意志について、原先生が面白い講演について書いてました。「観測者が自由意思を持つならば、素粒子も自由意思を持つ」って話。
http://kshara.shudder.info/…
なかなか洒落た話ですねー。
>「自分」など探してもたいしたものはでてこないだろう
最近、私もそれが痛いほどわかるようになりました。でも青臭い時期には、理屈ではわかっていても、そうは思えないですよねー。不思議ですねー。まあ、それが青いってことなんだけど。
>この場合の「自分」て、主体とかそういうハードな言葉で論じられないくらいナイーブなもののような気はしますねー。
「信仰」とか「祈り」といった言葉に近いのかもね、、、
あざらしおねえさま、こんばんは。
「観測者が自由意思を持つならば、素粒子も自由意思を持つ」ってお話はなんだか心惹かれますね。ちょっと文学的、コロンブスの卵的。そりゃこの場合の「自由意志とはなんぞや」ってことにはなりますけど、イマジネーションは自由自在です(よね?)。
「オニババ」論、本も読んでないので(あんま読む気もないけど)外してたらゴメンなさいてとこなんですけど、正直、そんな本音トークされてもなあ、という軽い「引き」があります。「途上国でドタバタ」という経歴からするとさもありなん〜な本音なのかもしれませんが、こんな2000年代の日本という土壌で、2、30代より下の層が総オタク化バーチャル化していきつつあるってのに、、、それがイカンと警鐘ならされたって、どうしよーもねーじゃん?とか思っちゃうんですよね。・・・この手の話題はみんな自分の立場から勝手に解釈して喋るから、どうしようもなくズレまくって平行線をたどりそうなテーマかも、、、。