美と狂気

 時折読み返したくなる本に、森茉莉の『贅沢貧乏』と『わたしの美の世界』がある。森茉莉の全集も出ていなければ、ちくま文庫が出したりもしていなかった昔、彼女の本は新潮文庫で二冊買えるだけで、あとはもっぱら古本屋で探すしかなかった。所蔵している新潮文庫の『贅沢貧乏』も『甘い蜜の部屋』も古本屋で手に入れたものだし、後者はハードカバーの初版本まで手に入れた。(別に初版マニアではないのですが、これだけは特別。)

 生活空間を自分にとって心地よいものにしたい、という欲求はわたしにも強くあって、そういう意味で森茉莉はわたしにとってバイブルだ。この延長線上で、雑誌のインテリア特集やライフスタイル提案モノは一応目を通してしまう。昨今はこの手の本がブームと化しているし、何人かのライフスタイル提案者はカリスマとなっている。
 カリスマたちの本も何冊か読んだけど、なんというか、すごく「頭のいい人たち」だなという印象を受けている。生活を合理的に設計しながら、それでいてセンスよくコーディネートする、というのがセオリーになっていて、住空間のみならず、食生活から物の考え方まで無駄がない。もしそこに「無駄」があるとしたら、それは計算した上での「遊び」という形であらわれる。
 合理性と計算された上での「余裕」に、感心はするのだけれど、正直なじめない。別にヘンなことを書いているわけでもなく、すごくまっとうで、センスもいいし、彼女たちの言葉に心酔したら、もうちょっとわたしもグレードが上がるんでは(何の?)と思うのだけど、なじめない。
 自分でも、森茉莉に多少洗脳されてしまっているのは自覚しているので大体理由はわかるのだが、要するに、カリスマたちの賢いライフスタイルには「狂気」がないのだ。森茉莉はしょっちゅう、自分が他の人からバカ扱いされていると憤慨している。それで彼女はいつも「わたしの美意識がわかんないアンタがバカなのよ」と怒っている。客観的にみたら、周りの人たちが、森茉莉の行動や思考回路にあきれかえるのはよく分かるし、周りの人は大変だったろうなあと同情することもある。でも、心の部分ではやっぱり森茉莉が羨ましい。
 ライフスタイルな人たちの美意識は、人から賞賛されこそすれ、バカにされることはないだろう。だからこそわたしは、彼女たちよりも、自分で魔法の園をつくりあげてしまった森茉莉に惹かれてしまうのだ。