バグダッド・カフェ

Bagdad Cafe
1987 年 独
監督: パーシー・アドロン
出演: マレーネ・ゼーゲブレヒト
ジャック・バランス


 太ったドイツの中年女性がアメリカの砂漠のハイウェイにある寂びれたカフェに、ある日ふらりとやってきて…で始まる「バグダッド・カフェ」(監督パーシー・アドロン、1987年、独)は、安心して観ていられる。ジャスミン役のマレーネ・ゼーゲブレヒトの醸し出す人の良さと安定感は、この映画の魅力の一つだ。彼女のチャーミングさゆえに、砂漠の寂びれたカフェが運転手たちの集まるオアシスになるという設定も生きている。ジャスミンとカフェの主人であるブレンダとの心の触れ合いも丁寧に描かれていて、心地よかった。でもどこか寂しい気持ちが残っている。なんでだろう。
 ただの旅行者のジャスミンが、バグダッド・カフェに現れてからカフェは繁盛するようになる。しかし彼女は、そこになくてはならない存在になったとき、ヴィザ切れで帰国させられてしまい、盛況だったカフェはもとの寂びれたハイウェイ沿いのカフェに戻ってしまう。でも映画はそのあともう一度ジャスミンをカフェに登場させ、バグダッド・カフェは再び活気を取り戻す。
 観ていて寂しいかんじになってきたのは、ジャスミンが再び現れて何もかもうまくいく、というあたりからで、これはカフェで暮らす人たちの「夢」なのではと疑ってしまったからだ。「こうであればよかったのに」という登場人物の願望をわたしは観ているんじゃないかという気がしてならなかった。(でもそう考えれば、ジャスミンは最初の一日でうらびれたバグダッド・カフェとヒステリックな女主人のブレンダに嫌気がさして出ていったかもしれないし、もしかしたらそもそもジャスミンなんて存在しなかったのかもしれない、と否定していくこともできる。)
 最後のバグダッド・カフェの盛り上がり方はとくに何かに似ているなー、何だっけ?と考えていて、フェリーニのサーカスに思い当たった。どこか寂しくてノスタルジックなのは、現実には起こらなかった幻を観ているような気がしてならないから、だろうか。
(Sunday, January 21, 2001)


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